第四章
娘は暫くこの奇怪な絵の面を見入って居たが、知らず識らず其の瞳は輝き其の唇は顫えた。怪しくも其の顔はだん/\と妃の顔に似通って来た。娘は其処に隠れたる真の「己」を見出した。
「この絵にはお前の心が映って居るぞ」
こう云って、清吉は快げに笑いながら、娘の顔をのぞき込んだ。
「どうしてこんな恐ろしいものを、私にお見せなさるのです」
と、娘は青褪めた額を擡げて云った。
「この絵の女はお前なのだ。この女の血がお前の体に交って居る筈だ」
と、彼は更に他の一本の畫幅を展げた。
それは「肥料」と云う畫題であった。畫面の中央に、若い女が桜の幹へ身を倚せて、足下に累々と斃(たお)れて居る多くの男たちの屍骸を見つめて居る。女の身辺を舞いつゝ凱歌をうたう小鳥の群、女の瞳に溢れたる抑え難き誇りと歓びの色。それは戦の跡の景色か、花園の春の景色か。それを見せられた娘は、われとわが心の底に潜んで居た何物かを、探りあてたる心地であった。
「これはお前の未来を絵に現わしたのだ。此処に斃れて居る人達は、皆これからお前の為めに命を捨てるのだ」
こう云って、清吉は娘の顔と寸分違わぬ畫面の女を指さした。
「後生だから、早く其の絵をしまって下さい」
と、娘は誘惑を避けるが如く、畫面に背いて畳の上へ突俯したが、やがて再び唇をわなゝかした。
「親方、白状します。私はお前さんのお察し通り、其の絵の女のような性分を持って居ますのさ。——だからもう堪忍して、其れを引っ込めてお呉んなさい」
「そんな卑怯なことを云わずと、もっとよく此の絵を見るがいゝ。それを恐ろしがるのも、まあ今のうちだろうよ」
こう云った清吉の顔には、いつもの意地の悪い笑いが漂って居た。
然し娘の頭は容易に上らなかった。襦袢の袖に顔を蔽うていつまでも突俯したまゝ、
「親方、どうか私を帰しておくれ。お前さんの側に居るのは恐ろしいから」
と、幾度か繰り返した。
「まあ待ちなさい。己がお前を立派な器量の女にしてやるから」
と云いながら、清吉は何気なく娘の側に近寄った。彼の懐には嘗て和蘭医から貰った麻睡剤の壜が忍ばせてあった。
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