第六章
こう云われて娘は細く無意味な眼を開いた。其の瞳は夕月の光を増すように、だん/\と輝いて男の顔に照った。
「親方、早く私に背の刺青を見せておくれ、お前さんの命を貰った代りに、私は嘸美しくなったろうねえ」
娘の言葉は夢のようであったが、しかし其の調子には何処か鋭い力がこもって居た。
「まあ、これから湯殿へ行って色上げをするのだ。苦しかろうがちッと我慢をしな」
と、清吉は耳元へ口を寄せて、労わるように囁いた。
「美しくさえなるのなら、どんなにでも辛抱して見せましょうよ」
と、娘は身内の痛みを抑えて、強いて微笑んだ。
「あゝ、湯が滲みて苦しいこと。………親方、後生だから私を打っ捨って、二階へ行って待ってい居てお呉れ、私はこんな悲惨な態を男に見られるのが口惜しいから」
娘は湯上りの体を拭いもあえず、いたわる清吉の手をつきのけて、激しい苦痛に流しの板の間へ身を投げたまゝ、魘される如くに呻いた。気狂じみた髪が悩ましげに其の頬へ乱れた。女の背後には鏡台が立てかけてあった。真っ白な足の裏が二つ、その面へ映って居た。
昨日とは打って変った女の態度に、清吉は一と方ならず驚いたが、云われるまゝに独り二階に待って居ると、凡そ半時ばかり経って、女は洗い髪を両肩へすべらせ、身じまいを整えて上って来た。そうして苦痛のかげもとまらぬ晴れやかな眉を張って、欄干に靠れながらおぼろにかすむ大空を仰いだ。
「この絵は刺青と一緒にお前にやるから、其れを持ってもう帰るがいゝ」
こう云って清吉は巻物を女の前にさし置いた。
「親方、私はもう今迄のような臆病な心を、さらりと捨てゝしまいました。——お前さんは真先に私の肥料になったんだねえ」
と、女は剣のような瞳を輝かした。その耳には凱歌の声がひゞいて居た。
「帰る前にもう一遍、その刺青を見せてくれ」
清吉はこう云った。
女は黙って頷いて肌を脱いた。折から朝日が刺青の面にさして、女の背は燦爛とした。
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